著 作
主な取材発表、著作など
1961(昭和36)年
32歳
総評の週刊誌「新週刊」編集部に勤める
1963(昭和38)年
34歳
「ラオス軍を指揮する日本人将校」(「毎日グラフ」8月18日号)発表、初めて写真が表紙に用いられた(カバー・ストーリー)
1964(昭和39)年
35歳
「苦悶するインドシナ3国」(「朝日ジャーナル」1月26日号から4回連載)、初めての本格的なヴェトナム戦争ルポルタージュ
「日本人記者のみた平和線(李ライン)」(「東亜日報」紙に朝鮮語で)3回連載(3月)
「LIFE」6月12日号、「ロバート・キャパの後を継ぐウオー・フォトグラファー」という「エディターズ・ノート」とともに、カラー写真を9ページにわたって掲載
「世界」(8月号)にグラビア8ページと共に「南ヴェトナム戦線従軍記」を発表(この年は「世界」に5回執筆、また週刊誌への発表も多くなる)
講談社写真賞受賞(11月)
1965(昭和40)年
36歳
『南ヴェトナム戦争従軍記』(岩波新書)刊行(1月)、この年のベストセラーズとなる
写真集『これがベトナム戦争だ』(毎日新聞社)刊行
写真展「動乱のベトナム」開催される(3月)
「LIFE」4月9日号「アメリカ大使館爆破の写真」掲載
芸術選奨文部大臣賞受賞
アメリカ海外記者クラブ最優秀報道写真年度賞受賞(4月)
日本写真協会年度賞受賞(6月)
「LIFE」7月2日号、ルポルタージュ「ジャングルのヴェトコンの生き地獄からの生還」を異例のイラスト入りで掲載
「ドミニカの陽気な革命」(「太陽」11月号)発表
1966(昭和41)年
37歳
『続南ヴェトナム戦争従軍記』(岩波新書)刊行(9月)
「忘れ得ぬヴェトナムの少年」(「高二時代」10月号)
1967(昭和42)年
38歳
「タヒチからの報告」「ホノルルのダウン・タウンからの報告」(「タウン」1月号・2月号)発表
「沖縄の中のベトナム」(「世界画報」1月号)発表
「解放戦線の政治と文化」(「世界」9月号)、 解放戦線の画集からのグラビア10ページとともに発表
1968(昭和43)年
39歳
むのたけじとの対話集『1968年――歩み出すための素材』(三省堂新書)刊行(4月)
「私は見た(R・ケネディ暗殺)惨事の現場」(「毎日新聞」6月6日朝刊)
特別弁護人をしていた金嬉老の生いたちの記録を編集して『弱虫・泣虫・甘ったれ』(三省堂新書)刊行(12月)
1969(昭和44)年
40歳
「ぼくらは朝鮮の姓名を名乗る」(「アサヒグラフ」4月25日号)
「岡村昭彦のビアフラ報告」(NET)放映(9月)
「北アイルランドの暴動」(「アサヒグラフ」9月12日号)
「ビアフラの独立戦争」(「アサヒグラフ」10月3日号・カラー28ページ)発表
「ビアフラの悲劇」(「少年サンデー」11月号)
1970(昭和45)年
41歳
「ビアフラ崩壊後5カ月」(「サンデー毎日」6月14日号)
1971(昭和46)年
42歳
「LIFE」3月12日号、表紙と10ページのルポルタージュ特集「ラオスでの戦争」を組む。同3月26日号、4月2日号にも写真を発表、そのうちの一枚は同12月31日号の年間写真選に掲載
1972(昭和47)年
43歳
嶋元啓三郎遺作集に「嶋元啓三郎につづく若い人々のために」を執筆
「マスコミ市民」(5月号)に「だれが国民の心理操作に成功したのか」を発表、以後しばらく岡村は「マスコミ市民」を主な執筆の場とする
「小泉八雲とアイルランド」(「太陽」9月号から4回連載)発表
「国労文化」7 ベトナム戦争と水俣病-「新」植民地主義者の二つの顔-
1973(昭和48)年
44歳
むのたけじと「後進資本主義国日本と人民中国」というタイトルで対談(「マスコミ市民」7月号、8・9月号)
1974(昭和49)年
45歳
巻頭グラビア「エチオピア北部の干ばつ飢餓地帯」(「週刊読売」3月23日号)発表
「新世」(倫理研究所)7月号から「母親のための資本主義講座」(全24回)の連載が始まる。岡村は以後4年間にわたって「新世」を主要な執筆の場とする
1975(昭和50)年
46歳
『兄費として伝えたいこと』(PHP研究所)刊行(5月)
1976(昭和51)年
47歳
「アイルランドからの小さな報告」(「プレイボーイ」日本版5月号)発表
1978(昭和52)年
49歳
「ロバート・キャパ 戦場にロマンを見た男」(「現代の眼」2月号)
1979(昭和54)年
50歳
「世界史のシッポをとらえるまで」(『続・わたしの知的生産の技術』講談社、11月刊行)に収録される
1980(昭和55)年
51歳
「〝TVA〟の神話はどのようにつくられたか」(「にほんのかわ」4月、日本河川開発調査会)
1981(昭和56)年
52歳
「日本にバイオエシックスを生み出すために」(「国民文化」5月、258号)
「SFの歴史から見た魯迅訳〈月界旅行〉の弁言」(「中国研究月報」10月、404号)
ビクター&ローズマリー・ゾルザ著『ホスピス』(家の光協会)を監訳(木村恵子訳)刊行(12月)
1982(昭和57)年
53歳
季羽倭文子と対談「ホスピスを考える」(「看護教育」6月号、7月号)
1983(昭和58)年
54歳
「ホスピスへの遠い道」(「看護教育」)を連載執筆(1985年4月号19回で未完で終わる)
1984(昭和59)年
55歳
シシリー・ソンダーズ他縞『ホスピスケアハンドブック』監訳(佐藤蓉子分担訳)刊行(7月)
9月、NHKテレビ「訪問インタビュー岡村昭彦」放映
1985(昭和60)年
56歳
12月、NHKテレビ「知己を後生に待つ―岡村昭彦のたどった道」放映
1999年11月 12月、『ホスピスへの遠い道』再版『定本 ホスピスへの遠い道』 春秋社
2006年6月 『ホスピスハンドブック』復刻『ホスピス その理念と運動』 雲母書房