会員のつぶやき
AKIHIKO伝説の可能性
米沢 慧
 ジャン・ジオノの『木を植えた男』は「これまで出会った、いちばん忘れがたい並外れた実在の人物」として描かれた絵本である。
 
 木を植えた男はエルゼアール・ブフィエ。男は20世紀はじめ、高地の荒れ地でひとり黙々と1日100粒のドングリを植えつづけた。鉄棒を地面につきたて、できた穴のなかにどんぐりをひとつひとつ埋め込んではていねいに土をかぶせていた。そんな繰り返しで最初の三年間で10万個の種を植え2万個が芽をだす。その半分はだめになる。動物にかじられるか、予期せぬことが起こるかして。それでも、残る1万本のカシワの木がそこに根づくことになった。第一次大戦が始まり、終わる。男はひたすら植える。ブナの木を植えて失敗し、カバの木を植える。また1万本のカエデも植えたが全滅した。そして再びブナの木を植えはじめて、ようやくカシワ以上にうまく育った。
 
 第二次大戦が始まり、終わる。男はひたすら木を植える。かつてはほこりまみれの強風が吹いていた一帯は、甘い香りのそよ風が柔らかくおしつつんでいた。水のせせらぎにも似た音が聞こえてきたが、それは木々のさざめく声だった…。荒野は森と緑野にかわり麓には美しい村ができた。そして木を植えた男は大戦後、老人ホームでやすらかに生涯を閉じた。だが、彼が老人ホームで死んだという事実はなかったという。
 
 「木を植えた男」の話には宮澤賢治の『虔十公園林』がある。虔十は雨や風にゆれる木をみて、あるいは空を飛ぶ鳥をみていつもはあはあ笑いながら歩いているので子どもらにバカにされている。ある日、虔十は杉の苗を裏の野原にせっせと植えはじめる。みんなは荒れ地に杉など植えたって育たない、虔十はやっぱりバカだと笑った。
 
 苗がやっと大きくなると虔十は隣の畑の主から畑が影になるとイヤがらせをされたりなぐられたりした。が、子どもたちは杉の下でたのしく遊ぶようになっていた。虔十はそんな子どもをみるのが楽しみだったが、ある秋にチブスであっけなく死んでしまう。
 
 それから20年たって杉林はリッパに育ち、虔十公園林と名付けられた。この話の末尾は「この杉の黒い立派な緑、さわやかな匂い、夏の涼しい陰、日光色の芝生が、これから何千人の人たちに本当のさいわいが何だかを教える」もととなったと記述している。
 
 この2人の木を植えた男、ブフィエと虔十の寓話を下敷に3人目の男としてAKIHIKOを重ねてみよう。
 
 AKIHIKOは木を植えた男ではない。女のこを追いかけてベトナムの戦場に紛れ込むと「撃つな」「殺すな」「差別をするな」とカメラを武器に闘った男だ。また、病人に「自分のいのちを医師に預けてはいけない」といい、医師には「医者は、患者の健康な部分に光を当てる仕事ではありませんか」と訴えた男だ。…。そして自らは交通事故が専門の外科医院で事故死のように生涯を終えた。
 
 AKIHIKOはブフィエのように黙々と何かをやろうとした男ではない。失敗した記録をわざわざ「マイナスの遺産」と呼び、それを夢や希望のように語ることができた男だった。また、いつもはあはあ笑っていた虔十と違ってこぼれ落ちそうな瞳をいっぱいに見開いて人のこころを読みとり(それをアイ・コンタクトという)、遠方からきた友のように声をかけ励まし、そして姿を消した男だ。
 
 そしてAKIHIKOが、ブフィエや虔十と違うのは、わたし(たち)がたしかに目撃した「忘れがたい並外れた実在の人物だった」ということだ。