会員のつぶやき
AKIHIKOから一人ひとりへの問い
吉田敏浩
 岡村昭彦の代表作、『南ヴェトナム戦争従軍記』の「はじめに」の文中に、次のような一節がある。
 
〈私は自分が戦争について、飢え以外のなんらの体験ももたない、無知な人間であることを知れば知るほど、生命を賭しても戦争を知りたいと決意しました。単に南ヴェトナムの砲火のなかのみならず、北は韓国から南はマレーシアまで、私をかりたてて歩ませたものも、一にこのゆえにであります。二度と武器をもつまいときめた私にとっての唯一の武器は、ちいさなカメラだけでした。戦争の無意味さを全世界に訴えるための精力のすべてを、私は一台のカメラに注ぎつくしました。〉
 
 彼がカメラを手にして立ったところは戦場である。そこは、敵と味方の「絶対二分の法則」と、暴力が暴力を呼び、憎悪や怒りや恐怖や不信や熱情や冷酷が人の心を麻痺させる「戦場の重力の法則」に支配された空間だ。
 
 戦争の無意味さ、人間の身体と心を傷つけ命を奪う戦争の破壊性、人間と人間を敵味方に分断して残虐な行為に駆り立てる戦争の非情な現実…‥。それらを岡村昭彦はヴェトナムで、ビアフラで、北アイルランドで目撃し、記録し、伝えた。
 
 なぜ岡村昭彦はそうした行為をくりかえしたのか。やはり『南ヴェトナム戦争従軍記』の第一章に、その理由がこう述べられている。
 
〈おれはまっしぐらに戦場へゆくのだ。戦争の内臓を世界中の人類の目のまえにさらけだし、地球上からそれをなくすためにはどうすればよいのかを、一人一人に問いつめてやるのだ。それこそ幼少年時代を戦争によってふみにじられた、おれたちの世代の義務であり権利だ。しかもこの東南アジアには、おれたちの父や兄たちによって、もっともっと残酷に人生を破壊された、おなじ世代が、いまもなお血のふきでる傷口を抱いて苦悶しているのだ。その憎しみのるつぼへ、怒りと呪いのるつぼへ、独立と反植民地闘争のるつぼへ、おれはとびこんで日本のあすの生きるみちを発見するのだ。〉
 
 戦場の坩堝(るつぼ)に飛びこみ、その底に降り立ち、混迷の渦をくぐりぬけて、ほとばしるような思いで彼がこのように書きつけてから、もう四〇年近く経つ。世界のあちこちで、いまだ戦火はやまず、さらに今後、軍事超大国アメリカによる「対テロ戦争」という名の戦争が拡大していきそうな情勢である。
 
 この「対テロ戦争」は、「われわれの側に立つか、それともテロリストの側に立つか」という単純で独善主義的な、しかもイスラエルとパレスチナの紛争においては常にイスラエル側に立ってそのパレスチナ占領を黙認することに見られるような、二重基準(ダブルスタンダード)をともなうご都合主義的な二分法によって進められている。
 
 日本でも、昨年つくられた「対テロ特措法」による、自衛隊艦艇のインド洋へのアメリカ軍支援のための派遣につづき、「有事法制」の整備という美名のもと「武力攻撃事態法案」などが国会に提出されている。そして、憲法九条を変えて戦争のできる国家にしようという政治の潮流が勢いを増している。
 
 これまでの日本政府のアメリカ追随政策から見れば、何が「有事」なのか判断するのはアメリカで、日本はアメリカの軍事介入行動に巻きこまれて「有事」すなわち戦争状態へと入っていく可能性が高い。「有事法制」の本質は、その「有事」=戦争に国民を動員していくための仕組みなのである。日本国民は、ふたたび戦争の加害者と被害者になる歴史の道へと足を踏み出そうとしているかのようだ。
 
 地球上から戦争をなくすためにはどうすればよいのか、日本の明日の生きる道をどの方向に発見するのか。岡村昭彦が残した一人ひとりへの問いは、いままさに重みを増して私自身にも迫ってきている。