会員のつぶやき
アイルランドとパレスチナ
中川道夫
 日韓共同開催のサッカーワールドカップは両国の代表チームの善戦もあり、予想以上に熱気を呼んだ。日本では国民のほとんどがサポーター化したようだった。これまでJリーグは観なくても、代表チームの試合には関心があるという人びとも、W杯出場チームのレベルに衝撃をうけただろう。世界のサッカーとはこんなに面白いもんだということを。
 出場国のお国柄や個々の選手のスキルも愉しめた。なかでも「ボーイズ・イン・グリーン」と呼ばれるアイルランドチームは、決勝リーグで敗退したものの強い印象を日本人に残したようだ。チームのカリスマ選手のロイ・キーンが直前になり、ヘソを曲げて帰国した。その振舞いは自国でも批難されたが、がんこで融通のきかないその性格はアイルランド人らしい。また来日した多数のサポーターの真面目でユーモアのある日本人との交流もアイルランド人のもうひとつの顔だろう。
 
 開幕前のチームの日本でのキャンプ地が島根県出雲市だった。アイルランドと出雲をむすぶものは、ラフカディオ・ハーン=小泉八雲。この流浪のアイルランド系作家と日本との関係を発見し、リポートしたのは岡村昭彦だった。30年以上も前、岡村はベトナム戦争をへてアイルランドへ問題意識をシフトする中で出会った事実。
 とうじ『太陽』誌でリポートした岡村の記事はほとんど話題にならなかっただろうが、今回のアイルランドチームが出雲の町で練習のはざまに小泉八雲の旧居を見学しているテレビニュースを観るとジーンと来るものがあった。日本人がやっと岡村昭彦のしっぽを見つけたとも感じた。
 
 アイルランドチームの事前の下馬評は高くなかったが、その奮戦ぶりには感動した。チームの核、ロイ・キーンが不在。ほかにスター選手がいるわけではないが、やられても、やられてもギブアップしないで、引き分けに持ち込み勝ち残っていく。それはサッカー一流国の華麗でパワーに溢れたものではないが、もうひとつのサッカーをわれわれにおしえてくれた。「アイリッシュ魂」という言葉がいつしか日本のメディアで使われるようになったものだ。
 
 サッカーW杯は、世界最大のスポーツエンターテイメントだが、皆が平和な中でそれを愉しんでいた訳ではない。今春、『プロミス』というパレスチナを舞台にした映画を観た。イスラエルとパレスチナ自治区、ユダヤ人入植地とパレスチナ難民キャンプで生まれた、7人の子どもを主人公にしたドキュメンタリー作品だ。地中海東岸の肥沃は土地は「聖地」「約束の地」とも呼ばれて、運命的な対立を孕んだ場所だった。無垢な子どもも大人たちの抗争に無関係ではいられず。未知の相手に敵意をいだく。映画の制作者は双方の子どもたちの日々に寄り添い、からみ合った怨恨の糸を少しづつときほぐそうとする。
 
 友達をイスラエル兵に殺された、パレスチナ人の少年は復讐を思っているが、サッカーにも熱中している。エルサレムのユダヤ人の双児の兄弟は見たこともないイスラエル占領地へ行き、この少年に会う決意をする。そこで、イスラエル人はパレスチナ自治区に自由に入れるのに、パレスチナ人はイスラエルへ許可なしに入れないことを知る。「なぜ?」と少年は父親に問う。抵抗運動で父親が服役している少女らもまじえて、子どもたちは「あちら側の人」と初めて語り、食事して、さいごにサッカーを愉しんだ。再会を「約束」するがそれはいつのことか。当事者にとっても、第三者にとっても、出口の見えないパレスチナの悲劇だが、この映画はそれを子どもというモチーフをとうして、新鮮な勇気をわれわれに与えてくれる。
 
 パレスチナ問題を描いた映画は多いが、イスラエル映画に『カップファイナル』という作品がある。スペインへW杯を観にゆくはずだったイスラエル人の予備役士官が、突如はじまったレバノン侵攻作戦にかり出された。そこでパレスチナゲリラの捕虜になる。ゲリラの隊長もサッカー狂で、同じイタリアチームのサポーターだった。友情が芽生えた二人はイタリア対ブラジルの決勝戦を廃虚の中でテレビ観戦するという話し。
 
 映画「プロミス」にでてきた、ユダヤ人とパレスチナ人の少年少女たちも、今回のW杯で、日本や韓国から送られてくる熱戦の映像を一喜一憂しながら観てることだろう。
 対立を乗り越えて、イスラエルとパレスチナ共同開催のW杯なんて夢のまた夢なのだろうか。
 
(映画『プロミス』は7/13より東京・BOX東中野、8/31より大阪・シネヌーヴォ、9月以後全国で公開上映。 詳しくはhttp://www.uplink.co.jp/