アキヒコと私
アキヒコと私
石川崇子(いしかわたかこ)
北海道新聞函館支社写真課
昭彦をめぐる旅
 
 トラピスト修道院へ続く真っ直ぐな一本道。振り返ると、並木の間から青い海の水面がキラキラと輝いている。
 「日は輝やかに沈黙し 時はおもむろに移り行けり 美しき地上の断片の如く 我命は光の中にいきづく」
 正門へ伸びる階段近く、雪で覆われた小さな林のなかに、文学講師として修道院で働いていた三木露風の詩碑がある。
 「ああ、今、思い出した。ここから海が見えるなんて思いもしなかったよ」。
 岡村春彦さんはまぶしそうに海を眺めた。
 
 この冬、函館で開かれた岡村昭彦の写真展「十字街からベトナムへ。ホスピスへ。」を取材した。それがきっかけで、東京から来場した昭彦の弟、春彦さんご夫妻とともに、修道院を訪れた。昭彦はかつて修道院の客室係として働いていた。ひどい病気をした昭彦のために、春彦さんは札幌からペニシリンを届けに修道院を訪れたという。猛吹雪の中、近道をしようとして道に迷い、危うく遭難しかけた。その現場が、詩碑のあたりらしい。  今は新しくなった客室へ案内されると、シメオン高橋正行神父が出迎えてくれた。「昭彦さんと出会い、すぐに私たちは友達になりました」。
 修道院で作ったという夢のようにおいしいパンやジャム、牛乳の昼食をいただきながら、教会の説明や写真を見せてもらい会話がはずんだ。
 
 そこで解けた「謎」が一つ。昭彦はベトナム入りするおよそ十年前、函館公園で遊ぶ家族の姿や、列車での旅など三時間に及ぶ記録を8ミリフィルムに残している。
 当時高価だった8ミリカメラを昭彦はどうやって手に入れたのだろうか。どうして興味を持ったのだろう―。
 高橋神父が教えてくれた。
 「それはおそらくトマ神父です。トマ神父は写真が好きで、よくマミヤを持って、この辺りの風景などを撮影していました。8ミリカメラも彼が与えたものでしょう」。
 トマ高島源一郎神父(1907-1993)は昭彦が働いていた当時の代理修道院長で、昭彦を伴い全国の教会を巡る旅をしたという。そこで昭彦は記録係としておそらく初めてカメラにふれたのではないか。もしそうならば、修道院から見える津軽海峡を行き交っていた青函連絡船のなかで、昭彦がロバート・キャパの本をむさぼるように読んだという話にもつながる。フォトジャーナリストとなる基礎が自然とこの地ではぐくまれていったのだろう。
 
 修道院を訪れたこの日は、偶然にもトマ神父の命日であった。高橋神父は「これも何かのお導きでしょう」とほほえみ、日に七度祈りをささげるという聖堂へ連れて行ってくれた。
 窓からは昼下がりの穏やかな光が差していた。静寂に包まれた聖堂にふわりと浮かんでいるマリア像を、私たちは飽くことなく見つめていた。
 
 函館に来て一年が過ぎようとしている。昭彦が修道院を出て結婚し、居をかまえた函館十字街の書店「栄文堂」。いま昭彦の長女、佐藤純子さんが切り盛りするその店のすぐ近くに住んでいる。
 昭彦をめぐる旅はまだ始まったばかりという気がしている。