「ホスピス その理念と運動」序文
柏木哲夫
いつだったか、はっきり記憶が戻らないが、当時早稲田大学の教授をしておられた木村利人先生(現在、恵泉女学園大学学長)から、岡村昭彦氏がホスピスの事で私に会いたいと希望しておられるので、時間を取ってほしいとお電話をいただいた。一九八〇年前後であったと思う。木村先生は生命倫理研究会の重要性を日本で初めて提唱された方でよく存じ上げていた。岡村氏はベトナム戦争の現場を撮影した写真家という事しか知らなかった。私の中では岡村氏とホスピスが結びつかなかった。お会いする約束をしたところ、ご両人が揃って、淀川キリスト教病院に来て下さった。当時私は病院で末期患者のためのチームアプローチを実践していた。お会いして話しているうちに、岡村氏がジャーナリストとしてホスピスの歴史に深い関心を持っておられる事がわかった。
その後、岡村氏は、一九八〇年六月にイギリスで開催された第一回ホスピス国際会議の内容をまとめた『ホスピスケア ハンドブック』(家の光協会)の監訳者となり、また、医師やナースの研修会で多くの講演をされた。
二度目に岡村氏に会ったのは「死の臨床研究会」の会場であった。ほんの短い時間の会話であったが、その時の岡村氏の言葉が強烈な印象で今も私の心に残っている。彼は言った。「ホスピスや死の臨床の真髄は平等意識だと思います」と。
病院での医療を取材しているうちに、医療の現場がいかに不平等な世界であるかを岡村氏は肌で感じられたようであった。入院と同時に徹底的な弱者意識を持ってしまう患者。自然にでき上がってしまう上下関係に気付かない医療従事者。「素人に何がわかるか、私に任せておきなさい」とのパターナリズム一辺倒の医者。そんな中でホスピスケアは、看取られる者と看取る者が両方とも、限界を持った平等な者として、支え合うという基本的な考え方に立っているのである。「あなた死ぬ人、私生きる人」ではなく、「あなた死ぬ人、私もやがて死ぬ人、少しずれますが、そのずれはお許し下さい」というような気持ちで働くのがホスピスのスタッフなのである。
本書は前述の『ホスピスケア ハンドブック」の復刊である。内容としては、今回特に大きな変更はない。ホスピスに関する書物は日本において、かなり多く出版されているが、本書はその内容から判断して、この先、ホスピス問題を考える上での古典となるものであると考えられる。
前述のように、本書の内容は第一回ホスピス国際会議の内容をまとめたものである。私自身この会議に出席したので、改めて本書の内容に目を通してみると、当時の事が思い出され、とても懐かしい思いにかられる十年一昔ということばがあるが、この国際会議からすでに二六年が経過した。その間にホスピスは世界に広がり、日本にも広がった。日本においては、二〇〇六年五月一日現在、公認のホスピス・緩和ケア病棟は一五八施設になった。
この国際会議の中心になったのはいうまでもなく、セント・クリストファー・ホスピスの創設者であり、近代ホスピスの母とも呼ばれるシシリー・ソンダース博士である。ソンダース博士は二〇〇五年七月一四日、八七歳で天に召された。二〇〇五年一〇月二日、広島での国際セミナー(日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団主催)のため来日されたセント・クリストファー・ホスピスの現在のメディカル・ディレクターであるナイジェル・サイクス博士によると、ご自分のホスピスで静かな最後だったという。数年前に治療された乳がんの再発だったようだった。
七月二九日には身内と親しい友人、知人、五〇人ばかりで葬儀が執り行われた。博士の生前のご希望だったとのこと。司式をした牧師さんが博士の「I did not found hospice. Hospice found me.」という言葉を紹介されたそうだ。「私がホスピスを創ったのではありません。ホスピスが私を見いだしてくれたのです」という意味である。「found」には、創ると言う意味と、find(見いだす)のFoundがある。彼女はこれを巧みに使って、とても重要な、意味深いことを表現したのである。ソンダース博士は本や講演の中で、実に見事にホスピスケアの真髄を表現された。例えば有名な「Not doing, but being」(何かをすることではなく、患者のそばに居ること)などは典型的な例である。
博士は一九九七年に来日され、各地での講演、テレビ出演、ホスピス訪問などを精力的にこなされ、日本のホスピス運動に大きな軌跡を残された。日本のホスピス関係者の中には博士の働きに直接、間接に大きな影響を受けた人がおられると思う。二〇〇六年六月二六日(日)には東京(笹川記念会館国際ホール)でソンダース博士追悼講演会が開催された。
話はもとに戻るが、一九八〇年当時、アジアにはどこにもホスピスは存在しなかった。アジアから国際会議に参加したのは、日本から二人、インドから一人、合計三人だけだった。二日間の会議の熱気の中で、アジアにもホスピスをという熱い思いが込み上げてきた。会議の終わりに持たれた「お別れ会」の時、突然乾杯のスピーチを依頼された。「アジアでもぜひ頑張ってホスピス運動を広げて下さい」というメッセージだと受け取り、「この会議で経験したホスピススピリットをぜひアジアにも広げたい」と熱く語ったのを懐かしく思い出す。
それから四半世紀経った現在、ホスピスは全世界に広がった。アジアにおいても、日本以外に、シンガポール、台湾、韓国、マレーシア、インド、中国、タイ、フィリピンなどにもホスピスが続々と誕生している。振り返ってみると世界のホスピス運動の原点がこの国際会議であることがわかる。
次代の流れとともに、例えば、痛みのコントロールの方法などは進歩する。しかしホスピスが目指す基本的な目標は不変である。その意味で本書を読むことによって、いわゆる「ホスピス思想」に触れることができる。ホスピスに関心を持つ方々、それに人間の生と死に関心がある方々にぜひ読んでいただきたい好著である。
(かしわぎ・てつお=金城学院大学学長、淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)
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